こにゃにゃちは〜(^_^)/ そして、あけましておめでとうございます!しゅくです♪
今日はミュージアムの2階にある「刺し子」のご紹介でやんす。

以前私も、刺し子って言われてもピンとこなかったんです。
刺し子?刺繍?でも刺繍って、海外の方が盛んなイメージ〜〜〜と思っていました。
ところがどっこい!
日本には「日本三大刺し子」と呼ばれる有名な刺し子があるんです。
・津軽の「津軽こぎん刺し」
・南部地方の「南部菱刺し」
・庄内(山形県)の「庄内刺し子」
全て有名な刺し子は東北地方にあることがわかりました。
それは、江戸時代にさかのぼります。
青森の農民は藩の厳しい決まりで、1年中ほとんど「麻」しか身につけられませんでした。
絹織物はお金持ちしか着れなかったんです。木綿の着用も農民は禁止されていました。
ほんと信じられない(;_;)だって青森の冬なんて寒すぎるでしょ!
この間も60cmの雪が降ったくらいだもの・・・はぁ。
そこで、農民は考えました。麻を植えて、繊維を糸ににして布を織ったのです。
そして織り目を埋めるように麻の糸で、縫い埋めていきました。
これが「刺し子」の始まりです。
保温のために隙間を埋める・・・こうして始まりました。
凄いなぁ。ホント。こうやって人間の知恵が後に文化になるって素晴らしいことですよね。
現代なら科学は発展しているけれど、こういう人間らしい知恵から生まれる文化は、
もう出てこないんだろうか。。。。後に残す物がないかとおもうとなんか淋しい気もします。

でも刺し子はとても美しい模様です。おみやげ品なんかもそうだけど、
そんな過酷な状況でそんなモノが出来たの!?と思うでしょう。
これは明治時代になって木綿の着用が解禁になってから、女性の美意識で競い合って色んな模様ができたといわれています。
ミュージアムの中でも、この両方の刺し子が見れます。

本当にブツブツと縫い埋めているだけの物、美意識からうまれたのであろうもの。
小さい子供の物から大人の物まで、女性が家族を想い、縫い埋めた物です。
今なら「めんどくさい」で終わってしまうことが、昔は生きるために必要なことでした。
もうこうなると、私達こんなに幸せで大丈夫なのかと不安になってきます。
でも、そこでタナチュー(田中忠三郎)先生は「昔と同じことをするのではなく知ることが大事」
と教えてくれます。
私自身、このミュージアムで働いて、知らなかった昔の人々の暮らしを知れています。
知ることで、感じること、変わることも沢山ある気がします。
お客様とお話していても、感動すること、勉強になることが沢山あります。
私達は6階で裂き織りの実演をしていますので、沢山お話できたらなぁと思います。
是非、本物の刺し子を観に来て下さい☆ そして色んな昔のお話を聞かせて下さい。