
「縄文式土器(じょうもんしきどき)は、北海道から沖縄諸島を含む現在でいう日本列島各地で縄文時代に作られた土器である。縄文時代の年代は流動的ながら、約1万6000年前から約2300年前とされる。土器の年代測定技術はまだ完全には確立されていないため流動的な要素は残るが、21世紀初頭の時点において、土器として世界最古の部類に属している。」
さてさて、
今回は縄文土器についてご紹介しましょ〜☆
当ミュージアム三階に展示があるこの縄文土器、ヤジリが沢山並んでいます。
"野次り"じゃないですよ〜
忠三郎先生の、幼いときから遊んでいた場所にはこのヤジリが沢山あり、
遊び道具がヤジリだったそうです。

なんだか凄く贅沢なというか、私たちの幼い頃とは想像できない環境だったのだなぁと感じます。
先生の民具や物の収集のきっかけになったのも、このヤジリ達、縄文土器であり、
勉強を全くしなかった幼少期に、図書館の本でこのヤジリ達縄文土器を目にして
「なんだか同じものがのってるなぁ」と、
これがきっかけになり、本を読めるようになろう!!!と、まず文字を勉強し、それが今の忠三郎先生に繋がっているそうです。
忠三郎先生の原点ともいえるものが縄文土器である。わたしはそう思います。
縄文時代、青森県は三内丸山遺跡にも見られるように大変栄えました。
沢山の生活がそこにはあり、どこにも影響されない日本の、そして人々の原点がそこにはあると
先生は数々の講話で仰っています。
中でもヤジリは、サカナや獲物を採集し、
自分達の暮らしを、命を支える大切な道具だったわけです。
私たちは青森に二ヶ月間、ミュージアムオープンに向け暮らしていました。
旅立つ最後の日、先生がお別れに下さったのがこのヤジリでした。
「お守りにしなさい」と。

帰りの新幹線の中でそれを開けた時、なんとも言えない感動を覚えたのを今でも覚えています。
今も私たちはそれを大切に持っています。
うまくいかなくって大変な日もあるけれど、それを見ると、
なんだかがんばろう!と、思える訳です。
日本には"破魔矢"というものが厄よけにありますが、
なんだかそんな意味で先生が下さったような気がしています。
ミュージアムにあるヤジリは全て、先生が先生自身の手で採集されたものです。
どんなに笑われても、信念を持ち続け採集、収集を続けられた
忠三郎先生の原点がこの展示にはあります。
沢山の展示がありますが、この縄文土器には
そんな想いもあるのだと、少しだけ感じて頂けたら、嬉しいです。
さて、
前回私のブログコーナーで七不思議の一つとしてご紹介した"夢"の展示のマネキンの向き、
謎が解けました〜
"夢"の映画にはあの衣装を着た葬列のシーンがありまして、
あの後ろ向きのマネキンは、その葬列を表しているそうです!
三階"夢"の展示に入った時、
お客様もその葬列の一人としてその中に入ったような気持ちになって頂ける様に
反対向きにあえて顔を見せず、あのマネキン達は立っているそうです。
"夢"展示をご覧の際は是非そんな気持ちになってご覧頂けると
また違った展示に見えてくるかもしれませんよ〜
まだ映画"夢"をご覧でないお客様は是非映画もご覧下さいね!!
少し展示変えもあり、まもなくリニューアルします!
私たちは変わる事なく6階にいますよ〜
遊びにきてくださ〜い☆
☆ゆきさん今日の一句
縄文の
粋がみえたら
よかろうもん!