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津軽三味線 偉人列伝〜津軽三味線の神様


震災の影響も未だ治まらず、原発の収束の見通しも見えない昨今ですが、今回は皆様に更に津軽三味線に親しんでいただこうと津軽三味線偉人列伝と題しました。

津軽三味線の歴史の中で神様とまで云われた白川軍八郎(しらかわぐんぱちろう)師のお話しをさせていただきます。
彼こそ最も津軽三味線を進化させ、確立させたと云っても過言ではありません。

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彼は明治42年生まれで、津軽三味線の発祥地と云われる青森県は北津軽郡五所川原市の金木町で
生まれました。太宰治の生誕地でもあり、太宰とは同じ年の生まれでもあります。 
しかし軍八郎は太宰とは全く違う境遇を歩みます。
幼少の頃に失明してしまい、生きて行く為ボサマになります。
神原の仁太坊(かんばらのにたぼう)と云うボサマに弟子入りをします。
ボサマとは津軽三味線を始めた盲人の芸人達の事で、家々の軒先を回りり三味線など弾き唄い歩いてお金やお米などを芸と引き換えに貰いながら歩く門付け(かどづけ)芸をする人達の事です。


仁太坊には人真似で無い三味線を弾け!と教えられながら一緒に門付けをさせてもらい修行をします。やがて師匠の仁太坊を凌ぐほどの腕を持った彼は1人立ちし、門付けを否定して晴眼者達が行う唄会一座(旅回り民謡興業)の舞台に加わって演奏して行きます。

高齢だった仁太坊の最後の弟子であった彼はその教えを全うし、誰の真似でも無い汝のオリジナル三味線奏法を次々と編み出して行きました。
民謡の伴奏前のわずかな前奏を、演奏の度に少しずつ長くして行き、ついには三味線だけのソロ演奏でお客を釘付けにしてしまったのです。


私は軍八郎のソロ演奏のSPレコードをたまたま運良くネットオークションで3年前に手に入れました。恐らく昭和12年頃の発売の物かと思います。以前に当ブログでも写真掲載させてもらったものです。

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テイチクレコード 三味線獨奏 よされ節 裏面/小原節

このレコード音源はどのベスト盤にも収録されていないものでしたので大変に貴重です。戦前発売の津軽物の三味線の独奏盤は非常に少ない為滅多にお目にかかれない代物です。

内容は超絶な演奏で、すでに現在の全てのテクニックを用いています。とにかく激しいです!マシンガンを連射するかのように弾きまくります!!
そして激しさだけでは無くてどこか切なくて暗くて、妖艶さまでも感じるような気もします。


未だ彼を凌ぐ演奏者はいないでしょう。何故なら彼は津軽三味線と云うジャンルがまだ世の中に確立されて無い時に自分で作曲をし、アレンジをして弾いています。
彼とそっくりに真似をして演奏できたとしても彼と同じレベルの演奏家とは云えない筈です。

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現代の津軽三味線の演奏家は津軽三味線を弾かなくてはならない宿命が当然ありますが、軍八郎は前例の無い演奏を弾きまくり、古典やスタンダードを守り忠実に弾く訳では無くて、当時では前衛演奏家だったのかと思います。
制約が無く斬新な演奏をしたとしても、まずはお客さんを楽しませて湧かすエンターテイメントで無ければならなかったことでしょう。
彼の三味線についての取り組み方を考えさせられ、私は非常に影響を受けました。

明治から始まった歴史の浅い津軽三味線ですが、軍八郎は古い伝統を守る演奏家では無く、新しいスタイルを聴衆に投げ掛け演奏した人でした。

続く...。


注・津軽三味線と云うジャンル名は昭和30年代に名付けられたと云う説があります。それ以前には文献などに津軽三味線の呼称は見当たらないそうです。


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