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坂本龍馬の妻であった楢崎龍(ならさきりょう)こと、お龍(おりょう)の話しの朗読とコラボレーション。

2011年10月16日、公益財団法人・横須賀三浦教育会館にて行いました、
朗読『坂本龍馬の愛した女 お龍』と題した公演に参加させていただきました。
じつは、この公演は2回目。

ちょうど1年前、2010年9月23日に、当アミューズミュージアムにて行った公演の再演で、
朗読セラピーSWIMMY(スイミー)主催の公演。

朗読と和楽器の共演で、スイミーの朗読と、私を含む和三BOMとのコラボレーション。
当日は満員御礼でした。

スイミーと和三BOM共演は4回目。
その他私個人はスイミーさんの朗読とは何度かご一緒させていただいてます。

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2010年9月23日アミューズミュージアム6F織り姫の間、昼、夜公演
出演 朗読セラピーSwimmy/松井美紀 長谷川直子

和三BOM/和太鼓・響道宴 尺八・小濱明人 津軽三味線・山本大


しかし、今回の横須賀公演は、会館施設側の音量制限などの問題により残念ながら和太鼓の響さんにはお休みいただき、尺八と私の三味線で音曲や効果音などを工夫して演奏しました。 

会場は満員御礼!横須賀はお龍が龍馬亡きあとに住んでいたところでお墓もあります。
地元皆様の感心の高さが伺えます。

1部は、お龍の生い立ちから龍馬暗殺までの半生の話しで『坂本龍馬の愛した女お龍』脚本はスイミー。スイミー代表の長谷川さんは衣装もお龍に扮しての朗読!ドラマチックに演じていただき、こちらの演奏にも熱が入ります。
池田屋事件、日本初と云われる薩摩への新婚旅行、そして暗殺へ...。

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1部終わりには、尺八の小濱さんと私の演奏タイム。
曲は私がアレンジした『十三の砂山』を、さらにこの日だけの編曲で演奏させていただきました。

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2部は、龍馬亡きあとに夫になり連れ添った西村松兵衛の語りで描いた作品『葉隠れの露』(船山聲作「幕末の女たち」より)。朗読は、松井さんがとても味わい深く語っていただきました。

この作品に描かれる西村松兵衛には心魅かれます。
朗読は松兵衛の心揺れ動く描写、尺八の小濱さん作曲のテーマ曲が雰囲気をもり立てます。
三味線の演奏も心理描写などの場面では、私の色々なフレーズや技法の引き出しを様々に駆使させていただきました。

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坂本龍馬の晩年に、わずかな間に妻となったお龍。
龍馬亡きあとの人生に坂本龍馬がつきまといます。さらに、後の主人となる西村松兵衛にも、妻お龍の思い出の龍馬がつきまとい、時に苦しめられます。
先立たれたお龍に、お龍の妹である光枝らとともに墓を立ててやりますが、松兵衛は自らの名は刻まず、贈正四位阪本龍馬之妻龍子之墓と刻みます...。

演奏しながら朗読を聞かせていただき、この度も心より胸に迫るものがありました。
朗読とのコラボレーション、スイミー皆様とは又の機会にも是非ご一緒させていただきたいと思いました。

この度はスイミーの皆様と教育会館スタッフの皆様、ありがとうございました。

そして何よりご来場のお客様、大変ありがとうございました!!

以上、演奏レポートでした。

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津軽三味線を始めた人は『神原の仁太坊』と云われたのが今から25年ほど前のこと。
現在、津軽三味線は日本の芸能の一つとして、日本はもとより、世界的にも知られるようになりました。明治以降に誕生し、伝統芸能とはまだまだ呼べ無い歴史が短い芸能。
しかし、その歴史は闇に包まれていました。

青森県弘前市の作家であり、歴史研究家の大條和雄先生が、地元で三味線の門付けの経験のある方々や芸人を訪ねて調べ歩き、誰から三味線を習ったのかを辿って行くと、すべて仁太坊の直弟子達に行き着いたそうで、津軽三味線のルーツ解明に取り掛かりました。

初めは小説の題材にでもならないかと津軽三味線に感心を持ち、坊様三味線の経験者や、津軽民謡の芸人達、地元の古老などを訪ねてはメモ書きから始め、津軽の当道座や藩日記なども調べ始めたそうです。しかし、坊様のこと、津軽三味線と云う呼称は、どの古い文献にも見当たらなかったそうで、調べる必要があると志します。

話は逸れますが、私がネットで手に入れた、昭和26年発行の『東北民謡物語』(著者・武田忠一郎/発行・フジヤ書店)の中で「津輕物」の項目で三味線の伴奏について武田氏はこう書かれています。

「おそらく、ここでは、嘉瀬の桃太郎という人が弾きはじめ...」と記されています。
仁太坊の弟子の桃ですが、桃よりも前の時代の芸人や兄弟子達は省かれています。
昭和30年代以降の発売のLPやEP盤のライナーには、津軽三味線は嘉瀬の桃が始めたと多く書かれています。

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本格的に取材を始め、訪ね歩きだしたのが昭和34年。しかし、取材は困難を極めます。
取材先では胸ぐらを掴まれたり、打ち水の水をかけられたり、塩をまかれたりしたそうですが、それは何故なのか。

門付け芸人の坊様は芸をする替わりに物を貰って歩く乞食(ホイド)、社会的に地位の低い存在。
筋目悪き者とレッテルを貼られ差別されて来た歴史があったからでした。
身内のものが失明して門付けをして坊様になることは不名誉なことであり、他人の家のことならまだしも、自分の家から坊様が出ることは家柄に傷がつくと云うことになり、中には子供が失明すれば坊様に預けてしまい、そのまま離縁してしまう場合もあったそうです。

人の家の知られたくない過去を掘り返し、傷に塩を塗るような真似をするな!と追い返されたこともしばしば。趣旨を説明して説得し、取材を続けます。

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現在の津軽三味線があるのは坊様がいたからこそと、不当な扱いを受ける坊様達の名誉回復の為に闇の歴史に光を当て、取材を続けて行きます。
しかし、人の家のプライバシーに触れることへの心の葛藤もあります。

そして、昭和58年に『弦魂津軽三味線』を陸奥新報に連載し、津軽三味線のルーツと、仁太坊が津軽三味線の始祖と発表。翌年には合同出版より同タイトルの単行本発行。津軽三味線初の歴史専門書。

さらに『津軽三味線の誕生』(新曜社・1994年発行)で具体的に、時代背景や津軽藩の当道座などの歴史を交えて解説されてます。仁太坊が瞽女や様々な芸能から影響を受け、混ぜ合わせて独自の芸を編み出して行く様が紹介されてます。
そして、高橋竹山のように有名にはならなかった名人達のことも多数記されています。

今日、津軽三味線の歴史について多く知ることができるのも大條先生の血の滲むような取材、努力のおかげです。神原の仁太坊が始祖では無いのでは?と反論も聞かれます。誰が始めたか、定義は様々ですので私にもわかりません。しかし、仁太坊が始祖で無かったとしても、仁太坊の芸哲学が様々な芸人達を生み、さらに白川軍八郎を始めとする個性豊かな三味線弾きを生み、現在の津軽三味線の生成を知れることは大変な価値があります。
そして、実証的な裏付けをされたこともこれから未来に向けて非常に重要なことです。

津軽三味線がこれからも益々奏者によるカラーの違いを拡げ、聴くも良し、弾くも良し、と楽しまれることを願って止みません。

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今回は、前回の神原の仁太坊の続きです。

「人真似で無く汝の三味線を弾け!」と芸心と、芸哲学を弟子達に教え、それぞれの弟子達の三味線芸は個性的に多彩に拡がって行きます。

仁太坊の一番弟子である叩き三味線と八人芸の、喜之坊。仁太坊の叩きに反して弾き三味線を編み出した、長瀞の長作坊(太田長作)。八人芸や唄の名手の嘉瀬の桃(黒川桃太郎)。出崎坊、
その他にも沢山の弟子がいたそうです。

叩き三味線の喜之坊には弟子の亀坊、赤坊、やがて木田林松栄へと繋がり、弾き三味線の長瀞の長作には梅田豐月(鈴木豊五郎)などの弟子がいて、高橋竹山へと繋がって行きます。
仁太坊の芸哲学は、弟子の又弟子達にも伝えられます。

そして仁太坊の最後の弟子が、津軽三味線の神様と呼ばれた白川軍八郎。
軍八郎は仁太坊のように八人芸を行わず、津軽三味線ソロである曲弾きを編み出しました。
素朴な弾き方であった坊様三味線を、叩き奏法と弾き奏法をミックスし、テクニカルな技法を高め、独自な三味線を編み出します。仁太坊の教え「汝の三味線弾け!」を体現したのです。

そして軍八郎の弟子には三橋美智也さんがいます。あのミッチーこと、三橋美智也さんは仁太坊の孫弟子になるのです!歌謡ショーの中で、民謡と津軽三味線曲弾きを披露します。

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白川軍八郎(左)と三橋美智也(右)

坊様の名前には、名前のあとに〜坊とつきます。嘉瀬の桃や軍八郎には坊が付きません。
神原、長瀞、嘉瀬、梅田は名字では無く、地名になります。地名+名前+坊となる訳ですね。ちなみに私に当てはめてみますと、『浅草の大坊』となるのでしょうかね...。

仁太坊の弟子の中、白川軍八郎以外は音源は残されていません。
長作の弟子である梅田豐月は沢山のレコードが残されていますが、それには理由があり、
別の機会に触れたいと思います。

坊様達は今で云うアーティストとは程遠い扱いをされていたので、録音物は皆無です。
三味線を聴くことができずにとても残念です。坊様達の三味線を聴いてみたいものですが、
しかし、僅ながらあるのです!

作家であり、津軽三味線の歴史研究の第一人者である大條和雄先生が、仁太坊が津軽三味線の始祖だと調べられたのですが、その大條先生が、坊様三味線の継承者を訪ね歩き、昭和50年代に録音し、収録されたものがあります。
すでに坊様現役を引退している方々の演奏ですので、しばらくぶりに弾く三味線は、思い出しながらの少したどたどしい演奏ですが(失礼)明治〜大正時代の頃の坊様三味線の演奏が数曲聴けます。

キングングレコードより発売されたカセットテープ5巻組『津軽三味線大全』(1986年)と、同じくキングよりCD5枚組『津軽三味線大全集』(1998年)こちらでは長瀞手と呼ばれる長作坊の教えた三味線や、盲人達が覚える為に伝えた口三味線も(三味線フレーズを唄う)収録されています。

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津軽三味線大全

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津軽三味線大全集

音源を採集し、残していただき、現在でも聴けることに本当に頭の下がる思いです。
坊様三味線は今の津軽三味線に比べて大変に地味ですが、味があります。
津軽三味線にとって一級品の勉強材料の音源です。戦前のSPレコード音源の津軽民謡の三味線伴奏と聴き比べると、類似する部分などがあり、大変に勉強になります。
1人1人演奏の違いのある津軽三味線の個性は、神原の仁太坊の芸哲学により様々な三味線となって行った訳です。

今回の神原の仁太坊とその弟子達については、大條和雄先生の『弦魂津軽三味線』(合同出版)『津軽三味線の誕生』(新曜社)から参考、引用させていただきました。

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私が三味線を弾いて行く上で、仁太坊を知ることにより、精神面で多大なる影響を受けました。
「汝の三味線を弾け!」

次回は大條先生の仁太坊取材についてのことをご紹介させていただきたいと思います。

続く...。

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津軽三味線はある1人の男によって誕生したと云われています。

一昔前の津軽地方では、男性の盲人が門付けをする者のことを坊様(ボサマ)、乞人(ホイド)、ジャド、または座頭の坊と呼んだそうです。ストレートに乱暴な言い方をすると、これら坊様とは、乞食をするもののこと。あるいは乞食芸人などを指し、芸の内容は多岐に渡ります。
盲人の門付け芸人で無くても、芸人と云うだけでも坊様と呼ばれる場合もあります。
津軽三味線は、坊様三味線などと呼ばれていました。

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2007年、五所川原市金木町神原に建てられた、仁太坊生誕150周年記念碑

現在の青森県五所川原市金木町神原、岩木川の河原に生まれた仁太坊こと、秋元仁太郎(1857〜1928)は津軽三味線の生みの親であると云われています。
津軽三味線の基礎を築いた功労者にも関わらず、世に認められずこの世を去りました。

八歳の時に疱瘡にかかり生死をさまよい、失明してしまいます。
母親は仁太坊を産み、まもなく他界。父は岩木川の船渡し守りで、仁太坊が十五歳の時に事故により水死、仁太坊は天涯孤独となります。そして、生きて行く為に彼は坊様となり、門付けをし、その日の糧を求めて三味線を弾き歩きました。


仁太坊と津軽三味線のルーツ解明は、1980年代に大條和雄先生によって発表されました。
大條先生の仁太坊については『弦魂津軽三味線』(合同出版)『津軽三味線の誕生』(新曜社)などで読むことができますが、『金木今昔物語・著/白川兼五郎』(自家版・昭和56年)こちらでも神原の仁太坊について書かれてます。

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驚くことに、著者の白川兼五郎氏は、実際に仁太坊の芸を見ているそうです。

自分で見聞きしたエピソードや、氏の父親から聞いた話、昔話しを良く知る知人から聞いた話をまとめています。

『金木今昔物語』によりますと、意外にも仁太坊は家々の軒先を廻る門付けはめったにしなかったそうです。ただの物乞いはしないとのポリシーが強く、毎日のように街の盛り場や茶屋、居酒屋などで、旅の人を相手に芸を売ったそうです。

出掛ける時はバサマ(女房)の『まん』といつも一緒。まんは手引きの六尺棒と太鼓を手に持ち、盲目の仁太坊を手引きします。

仁太坊は、背中に佐々木小次郎の長刀のように太棹の三味線を背負い、腰には横笛と尺八を差して手引きの六尺棒につかまり歩いたそうです。

芸風は、津軽三味線のソロ演奏と云うよりも、八人分の芸を披露する八人芸(はちにんげい)。
唄うと云うよりは唄を語るような口説き節風のもの。三味線や尺八などを用いて唸り上げます。じょんがら、よされ、おはらもみんな入っていて、熱が入るとナンジョ(謎かけ)から祭文までやる芸達者ぶり。

叩き奏法を自ら編み出し、弾くと云うよりビュンビュン!と叩く、あらん限りの芸を取り混ぜ、聴衆をひとのみにしてしまい、あたりを圧したそうです!神原から金木の盛り場まで、いつも同じ道を妻の手引きで歩きます。

また、大條先生の『弦魂津軽三味線』『津軽三味線の誕生』によりますと、仁太坊の元には三味線や八人芸などを教わりに来た弟子達がいました。

弟子達に三味線を教える時に強く伝えたのは芸心、芸哲学。
「人真似は猿でもできる、汝の三味線弾け!」と、教えたそうです。

やがて、その弟子達が、芸の個性を多彩に広げて行きます。

続く...。

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8月27日 神田にある青森居酒屋『跳人』にてライヴを行いました!

第3回津軽三味線ライヴ

第1部 

オープニング イントロダクション
じょんがら節 即興 
よされ 即興 
津軽甚句 
津軽じょんがら節 旧節
(ゲスト 津軽民謡歌手 かすみさん唄)
十三の砂山 

第2部 
ゲスト ギター永守健治 
じょんがら4ビート 
リンゴ追分 
縄文 東日流 

アンコール ねぶた囃子インプロヴィゼーセョン

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跳人さんでのライヴは今回で3回目で、以前2回とも三味線の合奏などのスタンダードプレイでした。
今回は指向を変えて、ソロ演奏、津軽民謡、ジャズギターとのコラボレーションです。

時間は20分ほどの2ステージ。
まず最初は私のソロ演奏。じょんがら節や、よされ節の即興弾きです。
毎度のことですが、できる限り、自分らしく変わった演奏を心がけます。
津軽三味線は人真似では無いオリジナルの即興演奏が真骨頂だと考えています。
予定調和は魅力ではありません。


続いてはゲストに津軽民謡歌手の、かすみさんに唄っていただきました。
普段私は滅多にしない民謡の伴奏をさせていただきました。

事情があり、何日か前に御出演をお願いをすることとなりまして、じつは、この日が初対面だったのです。

素晴らしい唄声を披露していただき、マイク無しの生の民謡の迫力はお客様から大絶賛でした!
鍛えぬかれた本物の唄声は違います。

多くの方が、なかなか生で民謡を聴く機会はありませんので、機会があれば私のステージで津軽民謡を披露していただきたいと思いました。

そして、いつもの十三の砂山のアレンジ曲で1部は幕。

第2部は雰囲気一転!ゲストはジャズギターの永守健治さんにご登場いただきました。

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彼とは何年か前から、阿佐ヶ谷ジャズストリートで一緒に演奏させていただいているので、とても息が合います!

三味線は生演奏。そして、レトロなサウンドがギターアンプから流れ出し、じょんがらの三味線と融合して摩訶不思議な音世界へ。

2曲目は美空ひばりさんの『リンゴ追分』ゆったりと演奏します。

3曲目は縄文 東日流(じょうもんつがる)と題したオリジナル曲。 

青森県津軽地方は縄文の歴史が古く、木造の遮光器土偶、三内丸山などが有名です。
遺物では無く、縄文人の祭りや炎を、営みを想い、遥かなる縄文へのロマンを、マイナー調のラテンビートにのせて熱く激しく盛り上げて行きます。

アンコールをいだたき、ねぶた囃子をテーマにした即興演奏で終演。

今年も永守さんと阿佐ヶ谷ジャズストリートに出演します!


10月28日(金) 

杉並区役所前 中杉通り側玄関前。 

18時〜 

無料

28日と29日は阿佐ヶ谷のストリートやお店で、町中でジャズ演奏が溢れます。
駅前でパンフレットやプログラムも配布されておりますので、詳しくはご覧ください。
ご都合が宜しい方は是非ともお待ち申し上げます!

この度はかすみさん、永守健治さん、ご出演を誠にありがとうございました!

お越しくださいました皆様、ありがとうございました!!

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去る6月26日、アミューズミュージアム6F織り姫の間に於いて、朗読と津軽三味線のコラボレーションライヴ『東日本大震災チャリティー朗読 山野眞知子 出逢いはことば』に出演をさせていただきました。

当日は満員御礼の大盛況でした!

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一部 悪女の手記 石川達三 作

【休憩 十五分】

三味線生演奏 山本 大

二部 髪かざり 山本周五郎 作 


三味線の生演奏のコーナーは、『髪かざり』と題して、即興のインプロヴィゼイセョンを演奏。
1曲を組曲のように展開させました。

演奏内容は、二部の作品の冒頭に繋がるようなイメージで演奏をさせていただきました。 

山野さんの朗読には、私も胸が熱くなるものがありました。
お客様の中には涙を浮かべる方までもいらっしゃり、感激です。

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お越しくださいました皆様、山野さん、ありがとうございました!


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8月23日、杉並区にある妙法寺の寄席、『第149回堀之内寄席』に出演させていただきました。

落語と津軽三味線をお寺で怪談!!
きっと怖くて、寒い思いをするのかと思いきや、笑いっぱなしでした。場内は爆笑の渦!!
今回の皿屋敷は、落語仕立ての内容になってったんですね。

大変勉強させていただきました。

お越しくださいました皆様、ありがとうございました。


落語家の昔昔亭健太郎さんは、高座で逆さまにまでなる大熱演!
荒川静香選手並みのイナバゥアー状態のエビ反りを披露!
そんな落語家の方は初めて見ました。


そんな健太郎さん、本番の前日には台東区にある、お菊さんのお墓参りに私に黙って1人こっそりと行ったそうです。
夕刻、すでに霊園は閉園しており、外から手を合わせて帰って来たそうです。
四ッ谷怪談然り、お墓参りのその心は大切なことであります。

公演は終始和やかに無事に終えることができましたが、初めてのリハーサルのエピソードです。
いつものようにケースより三味線を取りだしたら何と珍しいことが、ザックリと表皮が破けていたのです...皿屋敷公演前に大変にショック。
夏場の湿気と寒暖の差で、管理をしていても破けることはありますので無理もありません。
すぐに他の三味線を替わりに使いましたが、怪談を初めて合わせる時のことだったので、我々2人は何か不気味な思いをしたのです。

早速私もお参りをしたい次第でありますが、お菊さんの言い伝えは全国の各所にあり、お墓もいくつかあるらしいので、どこへお参りするかを迷います。
普段は全くと言っていいほど信心深く無い私ですが、今回は少ーし気になって、公演の翌日ミュージアム前の二天門をくぐって浅草寺に手を合わせに行きました...。あらためてお墓参りですね。


津軽三味線落語皿屋敷

第149回堀之内寄席 

出演者 

落語 春風亭昇吉

落語 柳家小蝠

津軽三味線 山本 大 ソロ
〜お仲入り〜 

津軽三味線&落語 「皿屋敷」昔昔亭健太郎 山本大


お仲入り前に三味線のソロを2曲演奏させていただきました。時間は約10分ほど。
じょんがら節の即興演奏から様々に曲調を展開させてみました。

皿屋敷本編では、効果音の為の擬音や、江戸の雰囲気を出すような曲調、じょんがら節や、よされ節のフレーズを随所に弾きました。

9月11日に調布の深大寺にて、津軽三味線&落語「皿屋敷を再演の予定です

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今回は朗読と落語とのコラボレーションのレポートでした。
ことばと、噺しと、津軽三味線。
音曲とのコラボレーションとは一味違った魅力があります。

人の声と三味線は相性がとても良いのかもしれませんね。
言葉の持つ味わいや、感情表現と、三味線はとてもマッチして、内容は更に情感を増します。
かつては、語りとともに発展した歴史の三味線。
今後とも益々人の声とのコラボに挑戦して行きたいと思います。

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急なお知らせではありますが、
落語家の昔昔亭健太郎さんと、怪談物落語と、津軽三味線とのコラボを行います!

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真夏に怪談と、津軽三味線をお寺で聴けてしまう!
暑さも吹き飛び、一気に涼しくなることでしょう(笑)
珍しい企画なので大変に楽しみです。

健太郎さんは大変に気さくな方。何年来かの知り合いで、私と年齢も同じ。
以前に、ある方から健太郎さんの怪談噺と、私の津軽三味線の組み合わせはいかがかと提案があり、どこかで実現出来ないかとしばらく機会を探っておりました。
そしてこの度、健太郎さんが出演される寄席にオファーしていただき、ついに実現に至ります!

場所は杉並区にある妙法寺。
江戸時代より続く歴史のあるお寺で、古典落語「堀之内」の題材にもなっているところ。毎月23日には堀之内寄席が行われております。
妙法寺で落語と演奏できることは大変に光栄で、感無量であります。
ご都合のよろしい方は是非ともお越しください!

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落語家の昔昔亭健太郎による『津軽三味線落語〜皿屋敷』

8月23日(火) 14時30分〜

場所・妙法寺書院 二階 日蓮宗本山やくよけ祖師 堀之内妙法寺

木戸銭/五百円(お茶お菓子付き)


第149回堀之内寄席 

出演者 

落語 春風亭昇吉

落語 柳家小蝠

〜お仲入り〜 

津軽三味線 山本 大 ソロ

津軽三味線&落語 「皿屋敷」



9月11日に調布の深大寺にて、津軽三味線&落語 「皿屋敷」を再演の予定です。

【三多摩は一つなり交流事業 深大寺落語会】

場所・深大寺本堂

無料

対象・調布エフエムのリスナーの方

定員限定、20組40名様

出演 林家花(紙切り) 山本大(津軽三味線) 昔昔亭健太郎(落語)

往復はがきで申し込み予約になります。詳しくは、調布FMまでお問い合わせください。



もうひとつ告知です!この度も東京にある青森居酒屋、神田の『跳人』(はねと)にて、好例のライヴを行います。
8月の夏を惜しむころ、店内のねぶたの灯りの下で津軽三味線の音色はいかがでしょうか?

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8月27日(土)第3回跳人津軽三味線ライヴ


開場17時30分

第1部 18時30分〜
第2部 19時20分〜

チャージ¥2000円(1ドリンク付き)

要予約
跳人 TEL・03-5294-7455 

千代田区鍛冶町2-2-9第2登栄ビル地下1階

皆様のお越しをお待ちしております!!

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前回ご紹介した忍び駒は、安価で手軽に音量を押さえることができる、江戸時代から伝わるスタンダードな優れ物。  

しかし、津軽三味線の場合、奏法が独特なので、叩く音が少々押さえられなかったり、長くなった足が邪魔で、前撥、後撥の弾き分けがいまいち困難になったりしてしまいます。
しかし、消音効果は多なかれ少なかれあるのです。


太棹が用いられている津軽三味線の胴の大きさは、5分大胴で、長唄などの細棹に比べて5分ほど大きくなっています。その為、忍び駒の足の長さが足りず、胴の縁より内側の皮の上に少々足が乗ってしまいますので、細棹の胴より音量が押さえられません。
今までは太棹専用の忍び駒は無かったのです。

現代では、進化した津軽三味線専用の忍駒があります。その名も『こば式忍び駒』
より津軽三味線に適した消音効果を得ることができ、より津軽の奏法で練習することができる、1クラス上を行く優れ物。 

とある津軽三味線の教室の生徒さんが、先生と考案して開発されたものです。

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太鼓の表皮と三弦の間に挟み入れてあります。
薄いプラスチックのプレートで皮を押さえてあり、金物L型プレート上に駒を乗せて浮かせてあり、駒部分から弦振動を皮に伝え無いようになっています。

驚くことに、消音だけでは無く、L型プレートに中央に付いているネジを回して振動を若干、皮に伝えて音量まで微調整ができるのです。

さらに本格的に、津軽三味線の奏法にまで対応できる現代の忍び駒は、消音効果も上がり、撥で叩く音までもより消音できます。

通常の忍び駒では満足が行かない方は是非ともお試しあれ!

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力強く、野太く、迫力の音が出る太棹(ふとざお)の津軽三味線。

テクニックが増すと、さらに大きな音量、倍音が得られます。

しかし、毎日の練習となると近隣への配慮が欠かせません。

そこで、優れ物グッズのご紹介!

その名は『忍び駒』(しのびごま)

通常、三味線の音の出る仕組みは、
糸(弦)を振動させ、振動は駒を伝って、皮に振動を伝えて、皮から音が出ます。

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(皮の上にかけられた通常の駒)

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(忍び駒)

糸と皮の間に駒がかけられておりますが、
駒の裏側が皮に付かないように駒の両足が胴の縁に乗ることによって浮かし、
振動を皮に伝えなくするものが忍び駒です。

あるところからの話しによれば、通常の40分の1まで音量が下がるそうです! 

材質は、現在は主にプラスチックで作られておりますが、
昔は桜や竹などを用いられたそうです。


忍び駒は、江戸時代中期頃から用いられたそうです。

時の将軍、皇室、御三家などの凶事の際に、三味線演奏が長くて1年とか禁止された期間に、内密に使うことを目的に使われたとか。

天保の改革の頃に、鳴り物などの禁止令があり、稽古まで禁じられたので、
隠れて稽古をする際に消音の為に使われたとか。

気になるお値段は数百円と庶民の味方!
どんな場所でも、どんな時代にでも、三味線弾きがひとつは持っておきたいアイテム、

それが忍び駒! 

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稽古の音量が気になる方、
三味線を始めたいが、音量が気になる環境で心配な方は是非ご使用してみてください。

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梅雨も明けて、これから夏本番!台風シーズン到来で、じめじめとしてきますね。

三味線にとって、大敵のひとつは湿気。
糸や皮はダメージを受けてしまいます。皮は湿気と水濡れは厳禁。

皮が濡れたり湿気たりしたあとに乾燥してくると破けてしまう場合があります。
例え破け無くても、皮の張りは緩んでしまい、こもり気味な音に変わってしまいます。

皮を保護する為に、しまう時は必ず胴を和紙袋に入れて、さらにはビニール袋にしまっておきます。夏場に限らず年中気をつけたいものです。 


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写真は三つ折りにした胴だけの部分を和紙袋+ビニール袋に入れたものです。
さらに口を閉めて縛り湿気から皮を守ります。
棹をつないである場合にも同様に胴を袋にしまっておきます。


袋に入れておくことを知らなかったあなた、知らずに袋を捨てしまったそこのあなた。
しっかり袋にしまっておきましょうね!


湿気と水濡れに気をつけていても例えばこんなこともあります。

室内の湿度をさげてみようと、冷房でキンキンに冷やした部屋から急に熱い場所に三味線を持って行くと、三味線本体が冷たい缶ジュースのように結露で水だらけになりますので要注意です!

冷房を入れていた部屋の冷房を切ってしまい、部屋が暑くなってしまっても同様の現象がおきる場合もありますので、和紙袋+ビニール袋にしまいます。

真冬も同様に、寒い外から暖かい部屋に持ってくると結露がおきます。
寒暖の差には弱いのです。 
濡れて湿気った三味線の水分は、皮を徐々に侵食して行きます。

夏場の車内三味線放置厳禁!

直射日光が照りつける日中、車を駐車場に止めて、冷房を止めて下車すると車内は激しい暑さになります。
この場合、高温で皮が膨張して破ける場合があります。
車内には置かないように持ち出しましょう。
やむを得ず置いておく場合には、車内に冷房をつけておきます。
トランクにしまっておくことはもってのほか!
夏場はなるべく車内より持ち出し、肌身離さず持ち歩きましょう。
人間と一緒ならまず大丈夫。まるで三味線も生き物のようです。

しまいっぱなしべからず

長期間弾かずにクローゼットや押し入れにしまっておくことも危険です。
久しぶりに出してみたら破けていた!とは良くある話し。 
せっかく三味線があるのですから、しまいっぱなしにしてる方は、たまには出して弾いてあげましょう!
弦振動を与えるだけでも皮も振動し、湿気を逃がすと云う意見もあります。
もし弾かなくても、たまにはケースより出してあげて、通気を良くしてあげると良いそうです。 

和紙袋+ビニール袋の中に、除湿剤や桐板を入れたりするのも良いと思います。 

雨の中歩いてケースを長時間濡らしてしまったり、風呂場や炊事場の近くに三味線を置いたりするのは止めましょう。

新しく皮を張りたてた場合や、きつく強めに張られたものは特に破けやすいので要注意です。

反対に、長年破けずに自然と緩んでいる皮でしたらまだ破けづらくなります。


皮は破けても、緩んでも、三味線屋さんに張り替えてもらえば元には戻ります。
しかし、動物1匹の犠牲を忘れずに、できる限り長く大切に使いたいものです。

命をいただいた感謝と、敬意を払いながら。

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